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東京地方裁判所 平成11年(ワ)8589号 決定

当事者の表示 別紙当事者目録記載のとおり

主文

平成一一年(ワ)第八五八九号損害賠償請求事件について、補助参加人が被告らを補助するために訴訟に参加することを許可する。

理由

第一事案の概要及び争点

一  補助参加の申出とこれに対する異議

株式会社日本興業銀行(以下「興銀」という。)の株主である原告らが興銀の取締役又は監査役としての被告らの責任を追及する株主代表訴訟(平成一一年(ワ)第八五八九号損害賠償請求事件、以下「基本事件」という。)について、興銀が補助参加人として、被告らを補助するために訴訟に参加することを申し出たところ、原告らが参加について異議を述べた。

二  基本事件の概要

基本事件において原告らが主張する請求の原因は、後記三のとおりであり、原告らの請求は、興銀の正規の意思決定の過程を経て行われた会社としての行為について、その興銀の意思決定及び行為が不当であると主張し、会社の意思決定及び行為が行われた当時の興銀の取締役又は監査役である被告らに対し、その会社の意思決定及び行為に基づき会社が支出した金額が会社の損害であるとして、株主である原告らが商法二六七条二項に基いて、興銀に対する損害賠償を請求するものである。

基本事件の原告らの請求に対する被告らの答弁の要旨は、原告らが請求の原因において不当であると主張する興銀の意思決定及び行為はいずれも不当ではなく、したがって、その当時の興銀の取締役又は監査役である被告らについて、会社の意思決定及び行為に基づく会社の支出に関して、取締役又は監査役としての会社に対する義務違反はないと主張して、原告らの請求の棄却を求めるものである。

三  基本事件における原告らの請求の原因

1  当事者

興銀は、長期信用銀行法四条に基づく免許を受け、長期信用銀行業等を営む銀行である。原告らは興銀の株主であり、被告らは現在興銀の取締役若しくは監査役であるか、又は平成元年四月一六日以降、興銀の取締役若しくは監査役であったことがある者である。

2  尾上縫に対する乱脈融資

興銀は、平成元年二月以降、大阪市で料亭「恵川」等を経営していた尾上縫に対して残高約一〇〇〇億円もの貸付を行っていた。これは、尾上縫に右貸付金の返済能力がないことが明らかであったのに、興銀が、まともな信用調査もしないで常軌を逸した融資を行い続けたものである。

興銀は、平成三年七月二二日、尾上縫の要請に安易に応じ、尾上縫が差し入れていた割引興業銀行債券額面合計約三一二億円を東洋信用金庫作成名義の定期預金証書金三〇〇億円相当と差し替えた。右定期預金証書は、その後偽造文書であることが判明し、発行した東洋信用金庫の支店長は懲戒解雇された後、大阪地方裁判所で有罪判決が言い渡された上、東洋信用金庫はその後経営が破綻し、右定期預金証書は無価値となり、興銀は多額の損害を被った。右担保差し替えによる被害は、右定期預金証書が仮に真正、真実のものであったとしても、東洋信用金庫にそれだけの支払能力があるかどうかについて相当の注意をもって調査すれば、容易に防ぐことができたはずのものである。

興銀は、平成三年八月五日、東洋信用金庫の右定期預金証書の一部を他の担保に差し替えたいという尾上縫の要請に安易に応じ、中外炉工業株式会社普通株式一五一万二〇〇〇株等に担保を設定し、さらに、同月七日、利付興業銀行債券額面一〇億円等に担保を設定した。尾上縫は、平成三年八月二三日に銀行取引停止処分を受け、平成四年六月一二日、大阪地方裁判所において破産宣告を受けた。その後、尾上縫の破産管財人は、これらの担保供与について大阪地方裁判所に対し否認権行使請求訴訟を提起した。

興銀は、相当の注意を尽くせば、到底勝算のない否認権行使請求事件であることを容易に認識することができたはずであったにもかかわらず、訴訟代理人の着手金として約二億円、控訴状の貼用印紙代として三〇八三万六四〇〇円を支出して漫然応訴したが、興銀は一、二審ともに敗訴し、判決は既に確定したので、興銀は、尾上縫破産管財人に約九七億円及びこれに対する商事法定利率年六分の割合による遅延損害金を支払わなければならなくなった。

この損害は、右担保差し替えの際に、業務執行に当たる興銀の取締役らにおいて、尾上縫が債務超過であるかどうか等を相当の注意を払って調査していれば、またそれ以外の取締役らにおいて、わが国金融史上未曾有の超低金利時代を迎えていたことなども考慮に入れて、業務執行に当たる取締役らの業務執行を相当な注意をもって監視、監督していれば、容易に防ぐことができたはずのものである。

3  日本債券信用銀行に対する「奉加帳方式」による出資

興銀は、大蔵省大臣官房審議官中井省らが強く勧告した「奉加帳方式」による株式会社日本債券信用銀行(以下「日債銀」という。)の救済再建策に漫然無抵抗で乗り、日債銀のその当時までの財務内容及びその後の業績の合理的な予測等について十分な調査・審査を尽くさないまま、平成九年五月二一日開催の取締役会において、日債銀の第三者割当新株発行による普通額面株式を一七〇億円で取得することを出席者の満場一致で可決承認し、実行した。

ところが、内閣総理大臣は、平成一〇年一二月一三日、日債銀を特別公的管理(一時国有化)の下に置き、興銀が取得した日債銀の株式は無価値となった。

4  取締役らの責任

以上の興銀の損害は、いずれも取締役であった被告らが融資又は投資等に際して必要な調査及び審査を重大な過失によって怠ったことに起因し、商法二五四条ノ三により被告らが負担する善良な管理者としての注意義務にも違反することは明らかであり、取締役であった被告らは連帯して興銀に対して賠償する責任がある。

5  監査役らの責任

監査役であった被告らとしては、商法二七四条、二七五条ノ二所定の権限を行使して、取締役であった被告らの行為を防止すべき義務があるのに、これを漫然怠り、また本件乱脈融資及び奉加帳出資による損害が発覚した後は、速やかに取締役であった被告らの損害賠償責任を追及すべき職責があるのに、依然これも漫然怠ったもので、取締役であった被告ら全員とともに連帯して興銀に対して賠償する責任がある。

四  補助参加人の参加の理由と原告らの異議の理由

補助参加人の参加の理由は、別紙「補助参加申立書」のとおりであり、原告らの異議の理由は、別紙「補助参加申立てについての第一準備書面」、「補助参加申立てについての第二準備書面」、「補助参加申立てについての第三準備書面」のとおりである。

五  争点

株式代表訴訟において会社が被告に補助参加することができるかどうか、また、補助参加人である興銀が、株主代表訴訟である基本事件について民訴法四二条にいう「訴訟の結果について利害関係を有する第三者」に当たるといえるかどうか、が争点である。

第二裁判所の判断

一  株主代表訴訟において会社の被告への補助参加が認められるか

1  問題の所在

民訴法四二条は、「訴訟の結果について利害関係を有する第三者は、当事者の一方を補助するため、その訴訟に参加することができる。」と規定している。一方、株主代表訴訟は、株主が会社のために取締役又は監査役の責任を追及する訴えを提起する制度であって(商法二六七条、二八〇条)、その確定判決は、会社に対してもその効力を有するとされ(民訴法一一五条一項二号)、そのため、商法二六八条二項は、会社が株主代表訴訟に参加することができると規定し、この参加をする場合には、会社は民訴法五二条により、株主の原告と共同訴訟人として株主代表訴訟に参加をすることができる。他方で、民訴法五二条による共同訴訟参加の方法のほかに、会社が民訴法四二条により補助参加することについても、商法二六八条二項の規定は、これを排除する趣旨ではないと解されるから、民訴法四二条の補助参加の要件を充たしている限り、会社は、株主代表訴訟の原告に補助参加することも可能である。

問題は、会社が株主代表訴訟において、被告を補助するために訴訟に参加することが許されるかどうかである。この問題は、株主代表訴訟は株主を当事者とするものではあるが、株主代表訴訟における訴訟の対象は取締役又は監査役の会社に対する責任の存否、言い換えれば、会社の取締役又は監査役に対する請求権の存否であることから生ずる。

2  補助参加の趣旨・目的

補助参加の制度は、当事者以外の者が訴訟に参加して被参加人の勝訴を助け、そのことを通じて補助参加人自身の利益を守るところにあり、補助参加の要件として補助参加人が訴訟の結果について利害関係を有する第三者であることが法文上定められており、さらに右「利害関係」は、事実上の利害関係では足りず、法律上の利害関係でなければならないと解される。

訴訟に補助参加の申出をした者があり、これに対して当事者が異議を述べた場合に裁判所が補助参加の許否を決するについては、したがって、右申出人が「訴訟の結果について利害関係を有する者」といえるか否かの判断をすることになるが、この判断にあたっては、①補助参加申出人に訴訟追行への関与を補助参加人に認められる限度で(民訴法四五条一項、二項参照)認めるべき利益があるか、②補助参加を認めることによる弊害があるか、という実質的な利益衡量によることが相当である。

補助参加人に参加の利益があるといえるためには、補助参加人が、判決主文で示される当該訴訟の訴訟物に関する判断に利害関係を有し、かつ、右判断について被参加人と実体法上の利害を共通にする必要があるという考え方もありうる。この考え方に立てば、本件において補助参加人が参加の利益を基礎付ける事由として主張するところは、いずれも判決理由中の判断事項に関係するにすぎず、基本事件の訴訟物である損書賠償請求権の存否に関しては被告らと利害を共通にしない(むしろ利害が相反する関係にある)から、補助参加人には補助参加の利益が認められないことになろう。しかし、補助参加の趣旨・目的に鑑みると、補助参加人が訴訟物自体の判断について利害関係を有しないとの一事をもって補助参加の利益を欠くとするのは狭きに失するというべきである。

「訴訟の結果について利害関係を有する」とは、通常は判決主文で示される訴訟物に対する判断によって法律上の地位が影響される場合を示すものと解されるが、理由中の判断であっても、重要な争点に関する判断であれば、これにより第三者の法的地位ないし法的利益に一定の影響を与えることがありうるから、これをもって訴訟の結果について利害関係を有するものと認めるべき場合があることは否定できない。

3  株主代表訴訟における会社の立場

株主代表訴訟においては、役員の個人的な権限逸脱・権限濫用行為が問題となる場合もあるが、会社の正規の手続を経てなされた決定に基づいて行われた役員の行為の適否・当否が争われる場合もある。後者の場合は、原告は、会社の意思決定の内容が違法又は不当であること及び被告となっている役員が右の違法又は不当な決定に関与しあるいは阻止できなかったことが会社に対する関係で違法であると主張して被告の責任を追及するのであるが、会社が自ら役員の責任の追及を行わないことは、原告が違法又は不当と主張する意思決定を正当と認めるがゆえということも当然ありうる。その場合、会社は、判決の理由中で右意思決定を違法又は不当と認められないことについて独自の利益を持っているというべきであるとともに、被告役員に敗訴判決が下された場合に予想される理由中の判断が会社に及ぼす影響の内容、程度によっては、右利益をもって法律上の利益と評価すべき場合があると考えられる。

被告役員の勝訴は、会社の請求権の否定を意味するが故に、会社が被告側に補助参加することは、形式的に考えるなら、一見、自己矛盾であるように見える。しかし、株主代表訴訟は、会社の損害を回復するという目的とともに、株主による会社の業務執行に対する監督是正権の行使という側面も有しているところ、当該会社の意思決定そのものの適否が重要な争点として争われる場合においては、後者の業務執行に対する監督是正の側面が強くなり、会社は株主から監督され、その意思決定の不当性を追及される対立的存在として、いわば隠れた当事者としての立場を有するに至るのであって、このように株主代表訴訟において隠れた当事者的立場にある会社に訴訟内で自らの意思決定が正当であるとの主張立証の機会を与えることが、会社にとっての手続保障の観点から相当とされる場合があることは否定できない。

4  会社の被告側への補助参加を求めることによる弊害の有無について

ところで、株主代表訴訟は、違法・不当な行為を行った役員の責任追及のための訴訟であり、会社は役員に責任なしとして判断したとしても、その判断の当否そのものを当該訴訟で判断されるのであるから、一旦株主から代表訴訟を提起された以上、会社は中立的な立場を堅持すべきであり、会社が被告側に補助参加することにより株主代表訴訟の公正妥当な運営を損なう弊害があるとの主張もありうる。しかし、株主代表訴訟において会社が原告側に参加するか、中立的立場をとるか、あるいは被告側に補助参加するかは、当該会社の意思決定者において行うべき一種の経営判断であり、株主が代表訴訟を提起した後はおよそ会社が独自の立場から主張立証する機会を認めないとする現行法上の根拠はないというべきであるし、前述したとおり、会社の意思決定の適否そのものが争われる場合には、会社はいわば隠れた当事者としての立場を有するに至り、会社の役員への補助参加を認めたとしても、株主代表訴訟の公正妥当な運営を損なうおそれはないというべきである。

また、補助参加の申出をあまりに広く認めるときには、訴訟関係者の数が徒に肥大し、また、主張立証が錯綜し、適正・迅速な訴訟の進行の妨げになるという弊害もありうるところであるが、会社の意思決定の適否そのものが争われるような類型の株主代表訴訟にあっては、会社の補助参加を認める方が訴訟資料を適切に法廷に顕出することを可能にし、むしろ適正・迅速な訴訟の進行に資するものと考えられる。

5  以上述べたところから、株主代表訴訟において会社の意思決定の適否が争点とされ、右争点に対する裁判所の判断が当該会社に及ぼす影響の内容、程度が重大なものである場合には、会社が被告である役員に補助参加する利益を認めることができる。

二  本件における興銀の補助参加の可否

本件においては、基本事件である株主代表訴訟の決定的な争点は、尾上縫に対する貸付に関する損害についても、日債銀に対する出資による損害についても、いずれも興銀の正規の意思決定の過程を経て会社の経営判断に基づいて行われた行為についての、その経営判断の当否であり(このこと自体は原告も認めるところである。)、原告らは、これらの融資又は投資等に関して必要な調査及び審査ないし他の取締役の業務執行に対する監視を行うべき義務を取締役である被告らが怠ったことにより誤った経営判断がされたと主張し、また、監査役である被告らが怠ったことにより誤った経営判断がされたと主張し、また、監査役である被告らが取締役の行為を防止し、あるいは取締役に対する損害賠償を追及すべき義務を怠ったと主張している(なお、尾上縫に対する貸付に関する損害のうち約九七億円の賠償を求める部分に関しては、各被告ら個々の責任原因となるべき具体的な行為を原告らは現時点において特定していない。)。

原告らが興銀において不当な経営判断があったと主張する内容は、尾上縫に対する約一〇〇〇億円の貸付と日債銀に対する一七〇億円の出資という、いずれも極めて巨額の融資及び投資であって、しかもその性質は、融資及び投資という長期信用銀行の基幹業務に関するものであって、その行為の性質という側面からみても、興銀にとって重要な経営判断であると評価することができる。そして、このような会社の重大な意思決定ないし行為が不当な経営判断によるものであるとする裁判所の判断が基本事件においてされるとすれば、その判断がたとえ理由中においてされるとしても、それ自体長期信用銀行業務等を営む興銀の信用にとって重大な悪影響を及ぼすものであるばかりでなく、興銀の今後の融資・投資等の業務方針にも大きな影響を与えることは、容易に推認することができる。このことは、興銀が、長期信用銀行法によって業務の規制を受ける長期信用銀行であるということをも考慮すればなおさらである。

したがって、基本事件については、尾上縫に対する資付に関する請求及び日債銀に対する出資に関する請求のいずれについても、これらの興銀の正規の意思決定に対する裁判所の判断が興銀に及ぼす影響の重大性に鑑み、興銀は、訴訟の結果について法律上の利害関係を有すると評価することが相当であり、被告らを補助するため訴訟に参加することができると認められる。

三  結論

よって、補助参加人の参加の申出を許可することとして、主文のとおり決定する。

(裁判長裁判官 菅原雄二 裁判官 小林久起 裁判官 松山昇平)

〈以下省略〉

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